近年、クラウドやリモートワーク環境の普及にともない、少人数でも大きな事業が動かせるようになった一方で、サイバー攻撃によるリスクは急激な拡大を続けています。

しかし、実際には「専任の担当者を置けない」や「今は売上を立てることが優先」という理由から、多くのスタートアップ企業で、セキュリティ対策が後回しになりがちです。

本記事では、スタートアップが直面するリアルなセキュリティの悩みにスポットを当てながら「最優先でやるべき対策」と「今はやらなくてもいい対策」を分解して紹介していきます。

この記事を読むだけで、スタートアップのセキュリティ対策の全体像を把握することができるため、スタートアップの経営者や情報セキュリティ担当者にとっては必見の内容です!

スタートアップのセキュリティ対策で最も重要な考え方

まずはじめに、多くのスタートアップ企業では、人員・予算・時間のリソースが不足しており、いきなり大企業と同じレベルのSOC運用や高度な監視体制を最初から目指すのは、現実的でも合理的でもないということを理解しておくべきです。

スタートアップのセキュリティ対策で最も重要なのは「発生すれば即終了する事故」と「今は許容できるリスク」を切り分け、経営判断として明確な線引きを行うことです。何よりも優先度を見極めた対策設計が求められます。

本来、スタートアップにおけるセキュリティ対策の目的は「攻撃を100%防ぐこと」ではなく「一度の事故で会社が終わらない状態を作ること」にあるわけで、完璧な状態を目指すものではありません。

  • 起きた瞬間に事業継続が不可能になる事故
  • 投資家や取引先から一気に信用を失う事故
  • 経営判断としても取り返しがつかない事故

スタートアップのセキュリティ対策は、上記のような重大インシデントだけを確実に防ぐ、致命傷回避のための線引きです。いきなり完璧を目指してしまうと、形骸化したルールだけが積み上がり、結果として何も守れない状態に陥ります。

なぜスタートアップではセキュリティ対策が後回しになるのか?

  • 専任の担当者を置けない構造的な問題
  • クラウド環境の普及による管理の破綻
  • 売上と開発スピードとの優先順位衝突

専任の担当者を置けない構造的な問題

スタートアップでセキュリティ対策が進まない最大の要因としては「専任の担当者を置けない構造的な問題」というものが挙げられます。

多くのスタートアップでは、CTOやエンジニア、情シス担当者が、本来の業務と並行してセキュリティを見ている状況です。このような体制では、セキュリティは常に、重要だが緊急ではない業務として扱われます。日々の開発や顧客対応、障害対応が優先されるなかで、セキュリティは後回しにされやすく、対応が断片的になっていきます。

その結果、設定や運用の内容が特定の個人に依存し、組織として把握できない状態が生まれます。担当者が異動や退職をした途端に、誰も全体像を説明できなくなるケースも少なくありません。

これはスキル不足の問題ではなく、役割と責任が定義されていない構造的な問題です。スタートアップのセキュリティリスクは、技術よりも先に、組織設計の段階で生まれていると言えるでしょう。

クラウド環境の普及による管理の破綻

スタートアップでセキュリティ対策が進まない2つ目の要因としては「クラウド環境の普及による管理の破綻」というものが挙げられます。

クラウド環境では、アカウントや権限の設定が目に見えにくく、意識的に管理しなければ、すぐに全体像が把握できなくなってしまいます。利用しているサービスが増えるほど、誰がどこまでアクセスできるのか分からない状態に陥りやすくなります。

その結果として起こるのが、設定ミスや管理漏れによる事故リスクです。多くの情報漏洩事故は、高度なサイバー攻撃ではなく、初期設定のまま放置された環境や、不要な権限の設定が原因で発生しています。

クラウドは便利であるがゆえに、管理しないことが最大のリスクに直結します。スタートアップでは、この管理の重要性が、事業成長のスピードに追いつかないまま放置されがちです。

売上と開発スピードとの優先順位衝突

スタートアップでセキュリティ対策が進まない3つ目の要因としては「売上と開発スピードとの優先順位衝突」というものが挙げられます。

スタートアップ経営において、売上の創出とプロダクト開発は最優先事項です。限られた資金と時間の中では、どうしても即効性のある施策にリソースが集中します。

その一方で、セキュリティ対策は、直接的な成果が見えにくい投資です。対策が成功しても何も起こらず、評価される機会もほとんどありません。そのため「もう少し後で」や「次のフェーズで」という判断が繰り返されます。

しかし、セキュリティ事故は、準備が整うまで待ってはくれません。一度事故が起きれば、顧客からの信頼低下や契約解除、資金調達への悪影響などが連鎖的に発生します。

結果として、これまで積み上げてきた売上や成長スピードが、一瞬で失われるリスクを抱えることになります。つまりスタートアップでは、売上とスピードを優先する合理的な判断そのものが、長期的には最大の経営リスクになり得るという矛盾を内包しているのです。

スタートアップが”最優先でやるべき”セキュリティ対策3選

  • ①:従業員のIDとアカウントの管理
  • ②:クラウド環境における権限の管理
  • ③:PCや社用携帯など業務端末の管理

①:従業員のIDやアカウントの管理

スタートアップが最優先で取り組むべきセキュリティ対策は「従業員のIDとアカウントの管理」です。スタートアップでは、少人数で多くのSaaSやクラウドサービスを利用するため、アカウント管理が煩雑になりがちです。

多くのセキュリティ事故は、システムの脆弱性ではなく、認証情報の突破や管理不備から始まります。その結果、退職者のアカウントが残ったままになったり、必要以上の権限が付与されたまま放置されたりします。

この状態を放置すると、内部不正だけでなく、パスワードの使い回しやフィッシングによる被害が発生しやすくなります。特に深刻なのは、誰がどのサービスにアクセスできるのか説明できない状態です。

ID管理を徹底することは、難しい技術を導入することではありません。アクセスの入口を一本化し、本人確認を強化し、不要になったアカウントを即座に無効化する。この基本を押さえるだけで、セキュリティ事故の大半を未然に防げる状態を作ることができます。

②:クラウド環境における権限の管理

スタートアップが次に取り組むべきセキュリティ対策は「クラウド環境における権限の管理」です。スタートアップでは、クラウドサービスを前提にシステムを構築するケースがほとんどですが、その設定が初期状態のまま放置されていることも少なくありません。

クラウド環境のリスクは、攻撃者が侵入することよりも、自ら過剰な権限を与えてしまうことにあります。管理者権限を持つユーザーが増えすぎたり、不要なAPIキーが残ったままになったりすると、事故が起きた際の影響範囲が一気に広がります。

また、クラウドの設定は目に見えにくいため、問題があっても気づきにくいという特徴があります。
その結果、「便利だから」「今は問題が起きていないから」という理由で、管理が後回しにされがちです。

しかし、実際には多くの情報漏洩事故が、権限設定のミスや管理不足によって引き起こされています。クラウド権限の管理とは、完璧な設定を目指すことではなく、誰が何をできるのかを把握できる状態を維持することです。

③:PCや社用携帯などの業務端末の管理

スタートアップが最後に取り組むべきセキュリティ対策が「PCや社用携帯など業務端末の管理」です。リモートワークが前提となった現在、業務で使用するPCや端末は、社内ネットワークそのものと言えます。そのため、端末管理はスタートアップにおける重要なセキュリティ対策の一つです。

端末管理が不十分な場合、私物PCの利用やOSの未更新、ウイルス対策の未導入といった状態が常態化します。このような環境では、マルウェア感染や情報漏洩が発生しても、原因を特定することすら困難になります。

重要なのは、高度な管理ツールを導入することではありません。最低限、どの端末が業務に使われているのかを把握し、基本的なアップデートが行われている状態を維持することです。

端末管理ができていない状態は、事故が起きたときに説明できない状態を意味します。スタートアップにとって、それは技術的な問題以上に、経営リスクとなります。

スタートアップが”今はやらなくてもいい”セキュリティ対策3選

  • ①:高額なSOCの導入
  • ②:過剰な脆弱性診断
  • ③:ルールの作り込み

高額なSOCの導入

スタートアップにとって優先度が高くないセキュリティ対策の1つ目としては「高額なSOCの導入」というものが挙げられます。

24時間365日の監視体制を提供するSOCは、大企業にとっては有効な選択肢です。しかし、スタートアップにとっては、コストと運用負荷が見合わないケースがほとんどです。

アラートが大量に発生しても、それを判断・対応できる体制がなければ意味がありません。結果として、アラートが無視され、安心感だけを買っている状態に陥るリスクがあります。

スタートアップの初期段階では、常時システムの脆弱性を監視するよりも、実際に事故が起きたときにキチンと状況を説明できる体制を整えておく方が、はるかに現実的といえるでしょう。

過剰な脆弱性診断

スタートアップにとって優先度が高くないセキュリティ対策の2つ目としては「過剰な脆弱性診断」というものが挙げられます。

たしかに、脆弱性診断は重要な施策の一つですが、実施頻度や範囲を誤ると、開発スピードを大きく損ないます。特に初期フェーズでは、同じ指摘が何度も繰り返され、根本的な改善につながらないケースが多く見られます。

スタートアップにおいては、脆弱性そのものよりも、設定ミスや権限管理の不備が主なリスクとなってきます。そのため、過剰な診断よりも、基本的な管理体制の整備を先に優先すべきなのです。

ルールの作り込み

スタートアップにとって優先度が高くないセキュリティ対策の3つ目としては「ルールの作り込み」というものが挙げられます。

詳細なセキュリティ規程や運用ルール、社内規定などを作り込むことは、一見すると正しい対策に見えます。しかし、実際には読まれず、守られず、更新されないルールが量産されがちです。

スタートアップでは、形式的なルールの整備よりも、事故が起きたときに誰が何を判断するのかを明確にすることが重要です。そのうえで、ルールの作成は体制が整ってからでも十分に間に合います。

まとめ:すべてを完璧に整える必要はない

本記事では、スタートアップが直面するリアルなセキュリティの悩みにスポットを当てながら「最優先でやるべき対策」と「今はやらなくてもいい対策」を分解して紹介していきます。

スタートアップのセキュリティ対策は、ID管理やクラウド権限管理といった、致命傷を防ぐ対策を優先すべきで、完璧に整える必要はないものです。優先順位を誤ってしまうと、運用不能に陥るリスクがあります。

そのため、セキュリティ対策を成功させるためには、今やるべき対策と同時に、あえて今はやらない判断を明確にすることが不可欠です。この判断こそが、スタートアップに求められる現実的な意思決定といえます。

ぜひ本記事を参考に、自社のフェーズや体制に合わせたスタートアップ向けのセキュリティ対策を見直してみてください。正しい優先順位付けが、成長スピードと安全性の両立につながるはずです。

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